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2011.01.26 2011.01.25
今週から学校が始まりました。

僕の授業スタンス的に決まった時間割はないので同僚からの実験依頼があるまで授業観察してます。

が、今年は出前実験を実現するために中等教育校のヴィラノヴァとエドワルド・モンドラーネにあいさつに行ってきました。

あいさつに行った感想としてはどうやら歓迎ムードらしい。


いやいや校長、僕は実験室立てたり実験道具を持ってきたりできませんけど…

ただ、ただアドバイスとか実験道具を一緒に作ったりするつもりですから、授業まではね…

私はサモラマシェルの教師なのでね。

とりあえずこの町の学校同士が協力し合って教育について考えて行けるきっかけが作れたらなと思っています。


まず最初は同僚と他校の先生誘って飲みに行くかぁーー

Joaneの作品「幸せの痛み」       芳岡の作品「部屋のドア」
幸せの痛み                 部屋のドア

それではまた。


2011.01.19 帰宅
すいません。

長いこと更新を怠っていました。

私は元気です。

今はChimoioの自宅で日記を書いているところです。


長いことモザンビーク北部の旅行に行っていました。

PC110161_.jpg

写真はモザンビーク島での一枚
そのほかの写真はここに掲載してるのでよかったら見てみてください。


元気です。

みなさんは元気ですか?

それではまた。
2010.10.15 Dia de professor !
モザンビークには教師の日なるものが存在する。
10月12日 教師が主役 その日は教師にとって特別な1日だ。

集合は朝7時半学校、ここはいつもの祝日と何ら変わりはない。

行進の目的地は英雄広場。
ここもいつもどおり。

英雄広場には多くの学校の教師と生徒が集合していた。
いつもならこの後、独記念の立広場に移動になるのだがこの日は学校へUターンした。

他の学校の先生たちもサモラマシェル中等教育校に移動している。
聞くとこの後にサモラで集会があるらしい。
Dia de professor
体育館には椅子や机が用意されていて何とも盛大な感じがした。

Danccedil;a de ESSM
我が生徒たちの踊り!なんだかワイワイ踊ってました。

アフリカの力
このグループが一番会場を盛り上げていました。
おばちゃんたちのダンス。
いつも思うのだがアフリカのおばちゃんたちは素晴らしいパフォーマー揃いだ。
なんだろうこのカリスマ性、圧倒的な迫力。
登場した瞬間に会場の空気を鷲掴みして放さない。
小さいときから踊ってきてるのでダンスも洗練された感がある。
打ち合わせをしなくてもピタッとリズムを合わせる。

マイケルジャクソンのパフォーマンスに衝撃を受けてことを思い出した。
こんなおばちゃんたちに私はなりたい。
ちょっと顔やスタイルがよくてテレビに出ているタレントの方がたを見ているよりずっとおばちゃんたちのダンスを見ている方がワクワクしてしまう。

退場の仕方も立派なパフォーマーだ。
最後まで全力を尽くしていた。
途中息が切れてヘトヘトになっていたおばちゃんがいたが去り際までしっかり踊っていた。
勉強になります。

ダンスのあとは偉い人の宣誓。
誰かはわからないが身なりや座っている席を見たら偉い人なのがよくわかる。
おそらく市長さんか教育局長でしょう。

そうこうしている間に同僚に呼ばれ一時退席。
呼ばれるがままについていくとサッカーの準備をしている集団がいた。
話を聞くと今日はサッカーの試合があるらしい。
こんな教師の日に?
と思っていたがどうやら中等教育校の教師選抜 VS 今期教師リーグのチャンピオン
の試合らしい。
どういうわけか教師選抜に入っていた私は試合直前に試合があることを告げられた。
試合道具を家に取りに帰って試合に出場した。

開始時刻は12時。
前日の天気予報では今日の最高気温は40℃。
未だかつてシモイオで40℃という気温は存在しなかったらしい。
ここでも温暖化の兆しがあるのかと思いながら準備をしていた。

日光が!
熱い!

倒れそうになりながら前半を1-1で折り返し、後半は試合動かず1-1で試合終了。
大した活躍もしてないし、大きなミスもしていないという何とも記憶に残らない試合だった。
残っているのは気温の暑さだけ。

試合後はチームメイトにあいさつをして、夜にあるフェスタのために帰宅した。

夜のフェスタはサモラから近いクルージ・ヴェルメーリャというところで行われた。
食事とお酒が用意されていた。
同僚たちと飲んで食って楽しいフェスタ。

ケーキカット
校長、校長婦人、教頭によるケーキカット
その後
モ製 松本人志
私が赴任直後から思っているモザン製 松本人志こと校長トマジ・パウロによるマイクパフォーマンス。

校長の話が終わると司会からダンスの時間です。
との一声があった。
「ManuelaとNobuは中央に来てください。」
と言われ
強制連行 
この有り様。
サッカーといいダンスといい外国人枠が好きなモザンビーク
Danccedil;a com Manuela
Manuela先生なんか嫌がってませんか?
後ろに見えている先生からのアドバイスが「しっかり掴めよ。」

R1156367_1280.jpg
監督の評価は◎、ウナギ登りです。
「お前しっかりつかんでたな。」
ありがたいお言葉です。









2010.09.20 今週末のこと
18日土曜日

7:30 朝から毎週土曜のサッカーへ
毎度のことながら開始時間がずれる。
昨日はいつもにもまして遅く結局試合が始まったのは12:00…
この時間感覚に慣れたとは言ってもさすがに疲れてしまいました。

試合の結果は3-5で負け
チームは険悪なムード
試合後何が悪かったかとチームメイトに聞かれたけど問題がありすぎてこれと決めるのは難しい。
とりあえず、アフリカの人たちはオフェンスが大好き。
世界のリーグを見てもわかるようにアフリカ出身の有名な選手はほとんどがFW
なんだか試合をやってる間にむなしくなってしまいました。

試合前にコーチが決めたポジションはDFから4-4-2
試合が始まると4-1-5
唯一のハーフは僕です。
みんなオフェンスはするのにディフェンスは見てるだけ。
これじゃ5点取れれてもしょうがないですね。
責任はすべてディフェンスのせいにされてかわいそうでした。

サッカーを昔からやってる人たちは基本的にMFかFW
その人たちが負けたことをDFの責任にしてしまうのだから勝ちへの道のりは長いと感じてしました。


午後に帰ってきて汗を洗い流し夕方の後輩隊員の誕生会に向けて休憩。
Amadeuの家に行ってビールを飲みながら同僚たちとサッカーの反省会。

その後、シモイオ隊員とJoaneが集合して誕生会をしてきました。
プレゼントは例によってプレゼントはバトゥーキ
後輩隊員のS君も喜んでくれてよかったです。


日曜
土曜にJoaneと約束をしたお宅訪問
僕の家から徒歩30分くらいのところにJoaneの家はあります。
象の大群 父と息子
Joaneの作品「像の家族」  Joaneと息子のVictor(4歳)

Joaneの家ではお昼ごはんをごちそうになり、
最後は家族と一緒に写真を撮りました。
家族


日本を離れて異文化と接したり、日本での生活とは違う生活をしていくなかでたくさんのことを学ぶ機会があります。

親元を離れて学んだこと、開発途上国での生活で学んだこと、共同生活で学んだことなどなどたくさんありますが、一番最近学んだことは「シマ」の作り方。

シマとはアフリカの胃袋を支えている主食で原料はトウモロコシ
アフリカの地方によって呼び方が違うみたいで「ウガリ」という地域が多いみたいです。

今までバラッカなどで食べることはありましたが、自分の家で作って食べることはありませんでした。
引っ越しをしてからというものAmadeuと家が近くなり昼食をたまに食べさせてもらうことがあり、メニューはシマと鶏肉の煮込み。
これがなかなか美味い。
せっかくアフリカに来てるんだしシマの作り方を覚えて帰りたいなと思いAmadeuに教えてもらいました。

作り方は簡単。
水にシマの粉を入れ、沸騰させて硬くなってきたら出来上がり。
とは言うものの硬さの調節が難しかったり、かき混ぜるのが力仕事だったりと美味しいシマを作るには努力が必要です。
シマ1
水に粉を入れて火にかける

シマ2
何度かかき混ぜながら焦げ付かないように注意しながら沸騰を待つ
沸騰したらさらに混ぜる
沸騰した状態で数分待つ
全体にとろみが出てきたら硬さを調節するために粉を追加する
かき混ぜてかき混ぜてかき混ぜて…
自分の好みの硬さになったら出来上がり。

シマ3
鳥の煮込みも作ってみました。
Amadeuに見せたところ「ノブはもうモザンビーク人だ」と喜んでくれました。

食べた感想は
やっぱりシマは美味い。


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